マンスリー通信(ブログ)

マンスリー通信(ブログ)

患者さんやご家族、お友達に、楽しく穏やかなひとときを過ごしていただきたい。
そんな願いを込め、ホスピス・緩和ケア病棟では四季折々の行事や日々の催しを大切にしています。
ラウンジでの「小さな音楽会」(毎週火曜日午後)や、お部屋に伺う「訪問演奏」(毎週金曜日午後)では患者さんのリクエストにもお応えしています。
アロマセラピー、アートセラピー、お抹茶会なども随時開催しています。

大文字の麓から 〜ホスピス・緩和ケア病棟スタッフのマンスリー通信〜

手と目(2025.6)

カーテンをそっと開ける
 静けさに
きのうとはちがうあなたをかぎとった気がして
 止まる手とみつめる目の一瞬

5年ぶりのアートセラピーは
そんな患者さんの姿を多く見受けた頃合いでした。

どれくらいの方に受けていただけるだろう。
どれくらい体力や気力が続くだろう。
あの日、期待より不安が少しだけ優っていたように思います。

アートセラピストの斉藤さんが、うちわとにじみ絵を何枚も用意してくださいました。
「和紙を水で濡らし、そこからちぎって、お好きなように貼ってください」
そう斉藤さんが声をかけると、車椅子で来られた患者さんは、しばらくじっと白いうちわを見つめ、
長い間、にじみ絵の色合いを確かめていました。
その目がとても真剣で、お手伝いなどする必要がないと感じました。
そのうち患者さんは、美しい稜線の緑の山を、小さくちぎった和紙で見事に描かれました。
1時間後、山の上には大きな花火が上がっていました。

終わった後に、ご自分の作品と記念写真。
それは、スタッフに囲まれたいつもの記念写真とは違う、
自らの内面を表わし、自分の中にいまだ燃える灯を確かめられた笑顔でした。

手と目と書いて、看。

今を生きる意味を誰よりも知る患者さんのまなざしは深く、
人生を手繰り寄せ、生き抜いてこられた手は練達の域にありました。
手と目の力を、患者さんの人生の力を知りました。

手と目と書いて、看。

こぼれゆくものを感じるときも、
内に秘めたあふれるいのちと人生の力をしっかり見つめながら、
温かい手を差し伸べたい。

そうしたとき、
患者さんと私たちは、花火のような光の環のただなかに
手を取り合い、見つめ合い、たたずんでいるように思います。

一切れのパン(2025.5)

朝8時。
ホスピスに、よい香りが漂います。
パンの香りです。

トーストを望まれる方に
看護師さんは食パンをオーブントースターで焼きます。
お好みで間にジャムやバターを塗り、
食べやすいように切って、患者さんのお部屋にお持ちします。

『一切れのパン』という物語があります。
第二次世界大戦下のハンガリーで捕らえられたルーマニア人の「わたし」は、貨物列車に詰め込まれ、運ばれる途中で脱出を試みます。そのとき、年老いたユダヤ教のラビ(僧侶)から一切れのパンを包んだハンカチを渡されます。
「すぐに食べないで、できるだけ長く持っていなさい。パンを持っていると思うだけで、心を強く持てるでしょう」
飢えに苦しみながら逃避行を続け、ようやくたどり着いた故郷ブタペストで、「わたし」はポケットからハンカチを取り出します。こぼれ落ちたものは……。

「〇〇さん、おはようございます」
その声とともに運ばれた温かいパンは、
目覚めたばかりの患者さんを温かく包みます。

カーテンのすき間から差し込む朝の光。

物語の一切れのパンも、ホスピスの温かいパンも、
その光に似ているように思います。

※『一切れのパン』
フランチスク・ムンティアヌ著。1972~1980年まで、結末の部分だけ日本の中学校の教科書に掲載された。

花盛りのベランダ(2025.4)

ホスピスのデイルームには、ベランダがあります。 ボランティアさんの手で丁寧に育てられたさまざまな植物が、季節ごとに美しい花を咲かせてくれますが、春はとりわけ華やかです。

4月初旬、冬を耐えたビオラやシクラメンに加え、チューリップとスノードロップが春を待ちわびたように咲き始め、続いてローズマリーやデージー、ガーベラ、キキョウや紫陽花、そしてジャスミンと、春の花々が次々と彩ります。

お花だけでなく、ゼラニウムやベゴニアの鮮やかな緑の葉が今年も芽生えました。

4月なかば、お腹が赤く、ツバメより少し大きなコシアカツバメが飛来しました。 たくさんのツバメが新緑の山々を、青い空を自由に飛びまわっています。
その様子を、ベランダから患者さんと眺めるのも楽しみのひとつです。

コンサートでは、患者さんは小さくうなずきながら、時々手を合わせたり、口ずさんだり、眼をつむって何かを思い出しておられたり、よくされます。
その横顔に、時が止まったように感じます。

一年で最も美しい季節。

今、ホスピスはその春を迎えています。

ひなまつり(2025.3)

3月の第一週は、ひなまつりと、ハートさんとルポゼさんのコンサートがあり、にぎやかにぎやか。

ひなまつりには、ボランティアのYさんが作ってくださった折り紙のおだいりさまとおひなさまをワゴンに載せ、折り紙の箱にお菓子を入れて今月もお部屋をめぐりました。

「女の子じゃないよ」と言いながら、好きな柄の着物(折り紙の柄)を意外とじっくり選ぶ男性陣。
先生も「これいいね」。
看護師さんも「◯◯さん、センスあるわぁ」。
おだいりさまとおだいりさまを選んだ方には
「まあ、今は多様性の時代やからね、これもありやな」
とか、会話が笑いとともに盛り上がります。

お仕事はそれぞれ忙しいはずなんだけど、お部屋で患者さん、ご家族さん、先生と、それから看護師さんと介護士さんとボランティアさんがワイワイするときは、別の時間が流れてる感じがします。
そう、昔、縁側でおかあさんと一緒におひなさまを出したりしまったりしたときのような、小春日和の暖かい日差しのなかのゆったりとした時間。

コンサートでは、患者さんは小さくうなずきながら、時々手を合わせたり、口ずさんだり、眼をつむって何かを思い出しておられたり、よくされます。
その横顔に、時が止まったように感じます。

ホスピスに流れる時間は、不思議で、とてもいい時間です。

音楽という言葉(2025.2)

2月4日と7日、海外から演奏者をお招きし、コンサートを開催しました。

エマ・アリッツァさんは、イタリアのご出身で、今はイギリスを拠点にヨーロッパ各地で演奏活動を行うプロのヴァイオリニストです。

また、エマさんはロンドンのカウンティ・ホール・アーツ(countyhallarts)という、広く人々のために、芸術家の活動や芸術教育を国際的にサポートする慈善団体で活動しておられます。
コンサートは、財団の理事も務めるフルート奏者の園城三花さんの提案で実現し、4日は、ヴィオラとチェロ、フルートとのカルテット、7日は、ピアノとフルートとのアンサンブルの演奏となりました。
両日とも、ディル―ムにベッドで聴いてくださる患者さん、車椅子・椅子に座ってお聴きになる患者さん、ご家族のみなさんが集まり、誰もが聴いたことのある曲を、美しく、繊細に奏でてくださいました。
みなさん、胸に熱い思いを抱かれたようでした。

エマさんにとっては、初めてのホスピスでのコンサート。
終わったあとに、メッセージをいただいたので、ご紹介します。

患者さんが私の演奏を楽しんでくれたと聞いて、とてもうれしく思います。
共演してくださった園城三花さんや、このような経験をさせてくださった病院のお一人おひとりに、とても感謝しています。
ホスピスでのコンサートは私にとって、強く心を揺さぶる特別な体験でした。
コンサートを終えて思うのは、このように私たちは、音楽によってとても深くつながれるということです。
音楽を通し、私たちは時代を超えた普遍的な感情を共有し、過去の偉大な作曲家たちの天才的な精神と直接関わることができます。
そして、そのとき私たちは、とても謙虚な気持ちを抱くのです。
これは、唯一無二の芸術のカタチですが、私はさらに、音楽はひとつの言語でもあるように思うのです。
つまり、言葉を介さずに、最も親密な感情を私たちが話すために音楽はあり、私たちはみな、その意味を感じ、理解することができる。
音楽を通し、私たちはひとつのコミュニティとしてつながっていると感じ、そのとき私たちは、世界にはまだ、希望と美しさが存在すると感じることができるのではないでしょうか。

ホスピスでは、週に2回の音楽療法やコンサート、月に2度のボランティアさんによるコンサートを行っています。 音楽を、大切な時を過ごす患者さんにお届けする大切さを、エマさんのメッセージから改めて感じることができました。

ひとりじゃない(2025.1)

新しい年を迎えました。

お正月早々、スタッフとボランティアさんで年賀状を携え、
「お屠蘇、いかがですかぁ」と、患者さんのお部屋を巡りました。

年末に、ボランティアのⅠさんが作ってくださった年賀状に、
スタッフひとりひとりがメッセージを書きました。

それは、日頃の感謝やねぎらいの言葉だったり、
素晴らしい格言だったり、
アンパンマンのイラストだったり……。
それぞれだけど、どれも愛の表現♡

さて、この日、
ワゴンには、いつもと違う飲み物がずらり。
お屠蘇は、Nナースが早朝からお酒に屠蘇散を仕込み、そのあとみりんを加え、
漆の銚子に移し替えました。
なんだかお正月気分がぐっとあがりました。

そうして、みんなでお部屋へ。
ドクターは獅子舞のかぶりものを被り、
ナースとボランティアさんはお正月飾りや金の扇子を振りながら、
ワイワイ患者さんを囲みます。
「ハッピー ニュー イヤー」のかけごえに、シャッターをパシャリ。
思わずほころぶ患者さんの笑顔。

その笑顔に思います。
みんなでいるのは、いいな。
ひとりじゃないのが、いいな。